Aria Musique ParisLouis Lot Philippe Gaubert

 

1989年より、20年以上フルートのスペシャリストとして、国内外の著名なフルーティストと接し、彼らのフルートの修理に携わるフィリップ・ローランの手元に、フランス屈指のフルーティスト、フィリップ・ゴーベールのフルートが手元に届きました。

この特別なフルートの修復作業を読者の方々と共有していただけたら幸いです。

まず初めに、このフィリップ・ゴーベール氏が使用していたフルートを私に託して頂いた事を、ポワレ・ゴーベール家の皆さんに感謝し、その修復士として、選んで頂いた事をとても光栄に思います。

このゴーベールが使用していたフルートは、ルイ・ロットの1986番で、初代のルイ・エスプリ・ロットの手により1874年に制作されたものです。この年、約120本のフルートが初代ルイ・ロットにより制作され、そのうち70本が金属性のフルートでした。総銀製、C足、右手のHトリルキー、管体とトーンホールのハンダ付けからも、私たちは正真正銘の初代ルイ・ロットを目の前にしています。1927年、ゴーベールは、リッププレートとライザーを他のモデルへと交換し、この新しいリッププレートも総銀製でしたが、人間工学に基づきより快適なものでした。

このフルートには、全てにおいて特別な配慮をしなければならず、完成までに100時間以上もの修復作業が必要でした。多くの感動と共に、この修復は、フルートリペアマンとして過去20年の中で一番記憶に残るものとなりました。
フィリップ・ゴーベールは、今からたった50数年前も、このフルートを作曲家モーリス・ラヴェルの伴奏と共に演奏会で使用していました。今回の修復の目標は、 フルートをオリジナルの状態に戻す事であり、いわば 時代をさかのぼり、 フルートが製造された当時に使われていたテクニックを見つけ出すものでした。とてもデリケートな事ですが、重要なポイントになるのは、このフィリップ・ゴーベールのフルートは、明らかに、何度も修復を施された形跡があるという事です。

時間と共に摩耗し、そして今迄に修復された全ての部品を識別するために、まずは、慎重に楽器を分解しました。キーと軸、留めピンとを切り離し、キーメカニックを分解し、楽器を構成する部品の1セットが完璧に見えるようになります。
この素晴らしいフルートの内側に、あの偉大な音楽家の響きがまだ残っているのでしょうか・・・?当時のフルートに使われていた銀は、今のものよりも材質が柔らかいため、真っすぐフラットに置き慣れたフルートは、頭部管と主管のジョイント部分のリング下側が、平たく変形してしまいます。この事からも、このフルートの古きを知る事が出来ます。

Louis Lot Philippe Gaubert

管体は、一見、真っすぐに見えるものの、幾つかのへこみがあり、そして、リペアマンが、管体を無理して回転させた時に出来ただろう湾曲も目につきました。 キーメカニックから始まり 、修復作業には、サプライズがつきものでした。キーリングは、軸に対して非常に正確な位置に置かれ、これは、キーの角度と高さを決めると共に、フルーティストの手と指のポジションを確定します。この事によって、フルートにとって最重要ポイントである音色、レスポンスの良さ、敏捷なキーメカニック、そして体と楽器が共鳴し、精緻な感情表現をもたらします。

一つ残念な事実は、このフルートの規格よりも大分厚過ぎたパッドによって、 全てのキーが、 ひどく湾曲してしまっているという事です。
というのも、このルイ・ロットには、とりわけ薄く繊細なパッドが必要になのです。それにより、設置はより難しくなりますが、パッドのクオリティーによって、フルートの音色は決定的に左右されてしまいます。ですので、厚みも規格も、全てオリジナル同様に採寸された、一組のハンドメイドのパッドを用意しました。各キーは、軸(アックス)に対して、制作当初のオリジナルの角度に、戻さなければなりませんでした。何より、欠く事の出来ない行程は、 キーメカニックが、 ルイ・ロットに適応する新しいパッドを、受け入れられるのかどうかという事でした。

私たちリペアマンは、ストロビンガーパッド、村松・アルミニウムパッド、ナガハラ・トライアドパッドの取り付けは、完璧に知っていますが、白いワックスで取り付けられただけの、 時には1/2の厚さの良き古き白いフィッシュスキンのパッドが、この素晴らしいルイロットのキーの中で、真っすぐにキープして行けるのでしょうか?これは、スプリングに対しても同じ事でした。このルイ・ロットの中には、以前のリペアマンによって、現代のフルート使用のスプリングが幾つか使われていたので、私は元のオリジナルのスプリングに付け替えました。このオリジナルタイプの古いスプリングは、尖っているので、リペアマンの指をいとも簡単に刺してしまうのです・・・!角度、曲線、圧力、そしてバネの素材は、レガートに非常に重要です。一旦、制作当初のオリジナルの状態に戻された後、私たちは、フルーティストと共に、彼らの期待に応じたディティールに仕上げる事が出来ます。

ポスト、台座、リングそしてトーンホールは、錫(すず)によってハンダ付けされています。錫(すず)は、よく知られた素材で、柔軟性に富み、低温で加熱されるので、実用的でしたが、それ故に銀よりも強度は弱いのです。幸運にも全てのハンダ付けは、オリジナルのものでした!これは皮肉ではなく、強度は良くとも、新しく不適切に塗りたくられたハンダ付けをキープする事よりも、年月が経ち、補強が必要な良質のオリジナルのハンダ付けを見つけ出し、再度ハンダ付けする事を、私は好みます。

 

Louis Lot Philippe Gaubert

 

 

私たちは、 もし部品が劣化しそうになっていたら、 容易にチェックする事が出来ますが、やはり、まず何よりもトーンホールの気密性を気に懸けなければなりません。なぜならば、トーンホールのハンダ付けに、空気漏れがあったなら、輝いたキーに入った上質のパッドも、全く意味をなさないからです。幸いな事に、当時使われていた特別なテクニックがこのチェックを可能にしてくれました。 ハンダ付けは、永久のものではないので、幾つものトーンホールは、一度解体され、再度ハンダ付けされなければいけませんでした。

酸化した錫(すず)の痕は、他の部分よりも、色がより濃くなっているので、写真上で目にする事が出来ます。このハンダ付けは、既に接着しなくなり、気孔が出来ています。すなわち、気密性が弱くなり、ほんの小さな面積だけで、充分に空気漏れが発生してしまうのです。ですので、私はこの機会を利用して、全てのハンダ付けを補強する事にしました。

 

管体の湾曲と、幾つか点在するへこみを修正する上で、私たちは、管体チューブが、巻き管(一枚の薄板を巻き、それを銀で溶接するという製造方法)だという事を忘れてはいけません。時折、胴部管、もしくは頭部管の縦ラインに見られる溶接は、 高尚な音色の為に、物質を変化させた銀によって作られているのが 、ルイ・ロットの請求書からも分かります。この巧妙な 銀の混合 は、ハンダ付けに必要な銀よりも低温で溶ける合金を得るため、 銅(Cu)と混ぜられた40%〜80% の銀の配合が使われています。それ故に、ハンダ付けの銀は、管体の銀よりも柔らかいので、 乱暴すぎる修正作業を行うと、ハンダ付け部分にひびが入ったり、気孔が出来易くなってしまいます。二つ目の注意点は、管体の厚さです。ルイ・ロットの管厚は、正確でとても薄いのが特徴です。私が、一番懸念していたのは、へこみ直しをする際に、下手をすると管体を強く押して、フルートの音色に舞い違いなく影響がでるだろうという事でした。しかし、丁寧に、時間のかかる作業を選ぶ事で、全てのリスクを避け、またパーフェクトな補修結果を可能にしてくれました。

Louis Lot Philippe Gaubert

私は、このフルートが、ルイ・ロットそしてこの時代のメーカー特有の、 頭部管のジョイント部分のリングが、ハンダ付けし直してあり、元の位置ではない事に気がつきました。このリングと、そのハンダ付けを動かした事により、頭部管チューブの厚みが変化し、音色へ大きな影響を及ぼしていました。したがって、私は、ルイ・ロット氏が、楽器の製造時に位置づけた元の正確なポジションへ、このリングを 戻す事が望ましいだろうと考えました。一度脱酸し、軸(アックス)に オリジナルと同等な固さのオイル注油し、そうしてやっと、全てのメカニックを組み立てる事が出来ます。全てのフルートのパーツは、銀で作られていて、これは、とても柔らかい素材なので、掃除も磨きをかける作業も、全て手作業で行います。

このテクニックは、様々な機械を使ったものよりも、多くの時間がかかりますが、早期の摩耗を避ける事と、管体の厚みから銀を剥がさないためには、これが唯一の方法でした。

常に、<音色を損なわないように>という修復目的をご理解頂けたかと思います。私は、1世紀の摩耗でも消えなかったオリジナルの彫刻を、いとも簡単に消してしまう5分間の機械研磨を選ぶ事は、リペアマンとして考えられません。

今や管体チューブは真っすぐになり、トーンホールは気密性に優れた丈夫なものになり、キーメカニックは、オーダーメイドの新しいパッドを受け入れる体制が整いました。取り付けには、白いワックスが使われます。キーからはみ出すパッドの厚みを確定するので、それぞれのキーカップの内側に入れられるワックスの量は正確でないといけません。そしてまたしても、再びこのデータが、音色の為と、ルイ・ロットの特有のキーメカニックに とても重要になります。パッドは、トーンホールを完璧に塞ぐために、しっかりと調整されます。当時のフルーティスト達は、パッドがしっかりと調整されていなかったので、リングを塞ぐために、キーを強く押さえる事を躊躇しませんでした。今日のフルーティスト達は、極めて正確な、私たちのパーフェクトなメカニックをとても評価しています。フルーティスト達は、この精密さに慣れており、私は安定、精巧な調整を得る為に、調整と休憩を交互にパッドに与え、それに必要なだけの時間を費やします。

私は、最後にとても感動的な行程、このフルートの、フィリップ・ゴーベールのルイ・ロットの最初の一音を見つけ出すために、一週間に渡る試奏を行いました。

このフルートと 最も親密で長い時間を過ごした後、私は、このフルートを心から知っているかのような気がしました。こんなにも長い間、私と無言のままで居続けたこの楽器が、緩やかにそして少しずつ鳴り始めたのを聞いた私の全ての喜びを、あなた方に伝えたいのです。このフルートは、まだ工房から去っていないのに、私は既にこのフルートがいなくなると、寂しくなるだろうと分かっていました。

そのトーンホールの形、一枚の板から作られハンダ付けされた管体、独特で豊かなハーモニックスとその素晴らしい等質性、現在でも尚、人々に求められ、探し続けられているこのフルートを私は、ずっと思い出すでしょう。この全ての修復作業は、このフルートの持つ初代ルイ・ロットの特別な性格を最大限の敬意を払って行われものです。私は、この修復作業を、ゴーベールの為に行ったものではありませんが、私は、 毎秒、フィリップ・ゴーベールがこの楽器を演奏していた事をイメージしていました。

 

Louis Lot Philippe Gaubert

この素晴らしい翻訳をして頂いた今井貴子さんに感謝致します。

 

 

 

 

この名誉と、とても大きな感動を、
読者の方とこのフルートを分かち合えたら幸いです。


フィリップ・ローラン

Philippe Roëlandt

 

 

 

 

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